エクラ通信
元女性国税専門官からのひとこと~西武グループ研究③~
康次郎氏後のグループ再編
30歳で西武鉄道グループを引き継いだ堤義明氏は、1971年の父親の七回忌に、清二氏と鉄道、観光、不動産部門と流通、製造部門の事業分離を行い、父親の死後10年たった1975年頃から事業展開を本格化しました。完成後の西武グループの支配関係は、清二氏の西武百貨店等の流通部門を除くと、下図のようになっていました。(*2)
コクド(国土計画)という持株会社が西武鉄道やプリンスホテルをはじめグループ企業約70社の株式を直接または間接に所有する支配構造となっており、堤家はコクドの株式を所有することで、西武グループ全社の支配権を掌握する形になっていました。
バブル期の1989年から1994年まで、堤義明氏は時価総額12兆円とも言われる世界一の富豪とされたのは、この西武鉄道グループの保有する不動産価値の高さ、都心の一等地を所有するプリンスホテル群、日本全国に広がるリゾート開発地全てを堤一族が支配しているとみなされた結果でした。

法人税を払わなかったコクド
国土計画興業(後のコクド)は、大正9年の設立以来、まともな法人税は払っていなかったとされています。法人税を払っていたとしても、前払いされている株式配当金の源泉徴収税額が還付されるほど少ない税額だったのではないかと推測されます。それは西武鉄道の与信を最大限活用した銀行借入で収益性の低い事業に投資し、固定資産税や支払利息、減価償却費の計上で損金が膨らむ等のからくりではないか、との推察です。(*1)
また一方で西武鉄道グループからの配当金は益金不算入で課税所得から控除できたようです。配当していた西武鉄道や西武建設は設立当初からの低い簿価で取得された投資有価証券で、配当から控除される負債利子も少なく、最大限受取配当益金不算入の枠を利用できたのではないかと考えられます。(*2)
また借名株により同族会社認定を免れることによるメリットも多かったと思われます。同族会社とは、発行済株式の過半数を同族関係者を含む一定の株主グループが持っている会社のことです。同族会社と認定されると、同族会社の行為計算否認規定(法人税法132条)や同族会社の留保金課税制度の対象となります。
同族会社の行為計算否認規定とは、同族(オーナー)への利益移転等、不自然な取引と税務署が認定すると、その取引はなかったものとして課税される一般的・補充的な否認規定です。
同族会社留保金課税制度とは、法人税法上の同族会社と認定されると、基準となる所得金額から、一定額(留保が認められる金額=配当や役員給与など)を控除した残額を「留保金」と認定し、その留保金に対して 追加の法人税率(概ね10%前後)を課税される制度で、2006年に廃止されました。同族会社認定から外れることにより、これらの課税からも免れていたかも知れません。(*3)

義明氏の相続税対策
未上場であるコクドの保有する西武鉄道グループの資産評価額は、土地だけでも最大40兆円に達した時期もあったと推定されています。しかし主要グループ会社の帳簿上の土地の簿価(取得した価格)は、わずか1,515億円にすぎませんでした。(*2)
この巨額の「含み資産」を担保に、最大で年間売上高の2倍を超える金融機関からの借入をしていた時期もありました。そして未上場会社であるコクドの相続税評価額は、相続税評価通達による「類似業種比準価額方式」、「相続税純資産価額方式」、もしくはその併用方式によります。長期にわたって含み資産の多い資産を保有し赤字会社だったコクドの場合は、「純資産方式」より「類似方式」の方が低く評価されます。資本金1億円超のコクドは、何回もの評価通達の改正にも関わらず、「類似方式」で極端に低い評価額であったと推測されています。
また、コクドの子会社だった西武鉄道は、その資産の殆どが不動産だったにもかかわらず、上場企業ゆえに未上場会社に適用された2013年5月から適用された「株式保有特定法人」には該当しませんでした。相続税対策としてもコクドは盤石な体制を敷いていたようです。(*3)
コクドは同族会社か?
コクドの究極の節税方式は同族会社であったからこそ可能でした。12兆円もの資産を支配する巨大な同族会社、それが西武グループのオーナーであるコクドの実像でした。(*1)
一方でそもそもコクドは借名株が多数を占め、名目上は堤家以外の株主が支配している会社だったので、税務上堤家の同族会社ではないとみなされていたのかも知れません。しかしながら世間一般は、コクド及びコクドが支配する西武鉄道グループは堤義明氏に支配されており、グループ傘下の不動産の時価総額から、堤義明氏を世界一の富豪とみていたのです。(*4)
この節税は、康次郎氏時代に首相から紹介された国税OB税理士から指南されていました。そのため脱税とも考えられた借名株の問題は、長い間、黙認されたのだろうとの証言もあります。(*3)
次回は、その名義株(借名株)を発端に西武グループの堤家の同族支配がどう終焉したかを検証します。
(参考文献)
*1文藝春秋1994年9月号「世界一の大富豪堤義明「コクド」の研究-なぜコクドは税金を払わないのか」
*2立石泰則「淋しきカリスマ」講談社 2005年
*3立石勝規「脱税の決算書」徳間書店 2005年
*4広岡友紀「西武堤一族支配の崩壊」さくら舎 2015年
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